担当パートを「総合司会」という理由。

昨夜の一枚。こう見えてライブ中。
MCをせず、ただ黙って3人でじっと微妙なポーズをとる。の図。

出番始まって2曲終わっても、なんとなく「空気が作れてない」感が凄くて。なんでしょうね、お客さまと我々、お互い探り合っていると、ごっつんこしちゃったり、と思えば引いちゃったり、みたいな両思いなのか片思いなのかみたいな。そんな時にはコレですよ。空気がこっち向くまで、お客さんの注目・注意が集まるまで、待つ。ただ待つ。微妙なポーズで。そう、それが「風待ち作戦」です。非常に考えられた策ですね(後付け)。引き算の美学です(意味よく分かってない)。
おかげさまで3曲目あたりからはいつものように「いい年こいた恵まれない男性3名がはしゃぐ図を微笑ましく見守ってくれているお客さま」みたいな慈悲深いバイブスをひしひしと感じることができ、こうなればこっちのものとばかりに、お客さまに、そしてヤイチくん&チョッパーの鉄壁リズム隊に、おんぶに抱っこライドンあるのみ、という楽しい汗かきスポーツがステージ上で展開されたのでした。

ライブの曲と曲の合間にお喋りすることを俗に“MC”といいますが、司会者を表す“Master of ceremonies”の略で転じて、上記の使われ方をされるようになったそうです。あたくしザ・バルスでは担当パートを「総合司会」と言うことにしております。エレカシの宮本さんのライブでの自己紹介の常套句「そして俺が総合司会の宮本だ、ぉおういぇえーい」を真似たのがきっかけですが、結成して10年を超えたザ・バルスで今、妙にしっくりきています、「総合司会」。もう少し正直にいうと「ギターボーカルって言ってなくてよかった」です。弊バンドの「リードドラム&リードベース」には「総合司会」がとてもバランスとれています。やる側の心の持ちようも、おそらく客観的に見るとしても、そうじゃないかと。(もちろんギターとボーカルの技量が二人に比べて高くない事実も認めざるを得ない、ということは一応触れておきます)

ともかく、昨夜「働くおっさん」という曲のクライマックスでは、とうとう「ギターボーカル」ではない私はギターからも歌からも解放されて自由闊達にかつ曲に乗せてクダを巻き続けることができました。あれは本当に気持ちよかったです。“空気を読む”でもない(むしろ逆)。“空気を作る”でもない。目指したいのは“空気を壊し続け”、なぜかそれを楽しんでくれる人がいる、そういうパフォーマンスです。一歩でも近づきたいなぁあ。タナトリーヌ女史がその問題部分を動画で撮ってくれていたので見ました。ほほっ気持ちよさそうに、楽しそうにしとるやんけ、と思う反面、まだまだ内省してる感もあったので、もっと全方位に爆発・発光してる感を目指したいと思いました。

それが「総合司会」かと言われたら……そんなヤツ嫌だわー。
くわっはっはっはっはー。

ところで感謝すべき人にあったらSiriがリマインダー起動してくれる機能の実装はまだでしょうか。

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